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さけのついおく

酒の追憶

太宰 治

「地上」1948(昭和23)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,870 字 · 14 页

青空文庫

翌朝、鏡を見ると、目をそむけたいくらいに鼻が赤く、大きくはれ上っていて、鬱々として楽しまず、朝の食卓についた時、家の者が、

「どうします? アペリチイフは? ウイスキイが少し残っていてよ。」

救われた。なるほど、お酒は少し残して置くべきものだ。善い哉、丸山君の思いやり。私はまったく、丸山君の優しい人格に傾倒した。

丸山君は、それからも、私のところへ時々、速達をよこしたり、またご自身迎えに来てくれたりして、おいしいお酒をたくさん飲めるさまざまの場所へ案内した。次第に東京の空襲がはげしくなったが、丸山君の酒席のその招待は変る事なく続き、そうして私は、こんどこそ私がお勘定を払って見せようと油断なく、それらの酒席の帳場に駈け込んで行っても、いつも、「いいえ、もう丸山さんからいただいております。」という返事で、ついに一度も、私が支払い得なかったという醜態ぶりであった。

「新宿の秋田、ご存じでしょう! あそこでね、今夜、さいごのサーヴィスがあるそうです。まいりましょう。」

その前夜、東京に夜間の焼夷弾の大空襲があって、丸山君は、忠臣蔵の討入のような、ものものしい刺子の火事場装束で、私を誘いにやって来た。