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しゅうぶん
醜聞
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1964(昭和39)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,900 字 · 46 页
さくらは火鉢の横から酒徳利を取り、膳の上にある湯呑茶碗を持って、その酒を注ぐと、一と口啜ってから功兵衛の顔を指さした。
「その頭巾のためとでも云いましょうかね」さくらはいやな色をした歯を剥きだした、「それがあたしを、こんなみじめな女にしちまったからですよ」
「頭巾がどうしたというんだ」
「あんたはお侍だ、こんなところであたしのような女と会ったことがわかれば、御身分にきずがつく、だから頭巾で顔を隠してる、そうでしょ」
「それとこれとどういう関係がある」
「わからないのね、そうだと思った」彼女は湯呑からまた一と口啜った、「八年たっても元の木阿弥、あんたはちっとも変っちゃいない、いまのお嫁さんがどんな人か知らないけれど、毎日まいにちをさぞうんざりしたやりきれない気持でおくっていることでしょうよ」
「妻はいま身ごもっているんだ」
さくらはどきっとしたようである。充血しふくらんだ瞼を重たそうにあげ、とろんとした眼でじっと功兵衛の顔をみつめた。
「ふしぎだわ、本当とは思えない」と彼女は実感のこもった口ぶりで云った、「あんたの躯には血がかよっていない、あんたは鋳型から出て来たかなぶつか、さもなければ石の地蔵のような人だった、あんたにだかれて寝て子をはらむような女が、人間の中にいようとは思いもよらないことだわ」