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じゅうべえさんのいっか

重兵衛さんの一家

寺田 寅彦

「婦人公論 第十八年第一号」1933(昭和8)年1月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,089 字 · 14 页

青空文庫

幼時の記憶には実に些末なような事柄が非常に強く印象に残っていることがある。そういうことは意識的にはつまらぬことのようでも、意識の水準以下で、どんな思いも寄らない重大な意義をもち、どんな重大な影響を生涯に及ぼしているかもしれない、しかしそれを分析して明確な解説を与えることは容易ではないのである。自分のこの大蒜の場合について考えてみると、あるいはこの些細な副食物が、一方では自分等の家庭と、他方では重兵衛さんで代表された一つの階級の家庭との間のあらゆる物質的また精神的な差別の象徴として印象されたものではなかったかとも思われるのである。

重兵衛さんの晩酌の膳を取巻いて、その巧妙なお伽噺を傾聴する聴衆の中には時々幼い自分も交じっていた。重兵衛さんの長男は自分等よりはだいぶ年長で、いつもよく勉強をしていたのでその仲間にははいらなかったが、次男の亀さんとその妹の丑尾さんとが定連のお客であった。重兵衛さんの細君は喘息やみでいつも顔色の悪い、小さな弱々しいおばさんであったが、これはいつも傍で酌をしたり蚊を追ったりしながら、この人にはおそらく可笑しくも何ともない話を子供と一緒に聴きながら一緒に笑っているのであった。