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じゅうべえさんのいっか

重兵衛さんの一家

寺田 寅彦

「婦人公論 第十八年第一号」1933(昭和8)年1月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,089 字 · 14 页

青空文庫

彼はたしかに一種の天才であったらしい。何をさせても器用であって、彼の作った紙鳶は風の弱い時でも実によく揚りそうして強風にも安定であった。一緒に公園の茂みの中にわなをかけに行っても彼のかけた係蹄にはきっとつぐみや鶸鳥が引掛かるが、自分のにはちっともかからなかった。鰻釣りや小海老釣りでも同様であった。亀さんは鳥や魚の世界の秘密をすっかり心得ているように見えた。学校ではわりに成績のよかった自分が、学校ではいつもびりに近かった亀さんを尊敬しない訳には行かなかった。学校で習うことは、誰でも習いさえすれば覚えることであり、一とわたりは言葉で云い現わすことの出来るような理窟の筋道の通ったことばかりであったが、亀さんの鳥や魚の世界に関する知識は全く直観的なものであって、とうてい教わることの出来ない種類のものであった。亀さんは眼をつむっていてもその心の眼には森の奥における鳥の行動や水底の魚の往来が手に取るように見えすくかと思われるのであった。そういう種類の、学校では教わることの出来ない知識が存在するということ、そういう知識が貴重なものだということを、この亀さんに教わったのである。