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じゅうきちひょうりゅうきぶん

重吉漂流紀聞

久生 十蘭

「小説公園」1952(昭和27)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页

青空文庫

念仏念仏と、そればっかりいうが、念仏は極楽でするこった。どちらを見ても山もなく、鳥一羽、飛べばこそ。どこに仏の姿があるというのだ。変らぬものはお日輪の慈悲ばかり。どうでもここは日蓮大菩薩を拝むべき場合。おれがこう言ったからには、そうさせにゃおかぬ。今日から念仏をやめてお題目をとなえることにする。念仏をとなえるやつは、かっぽろけて海へ投げこむからそう思え」

とむやみに力みだした。

百万遍は方便だから、宗旨はなんであろうとかまうことはない。三郎助のいうとおりに百万遍をやめ、その日から題目を唱えることにしたが、浪風が立って、素破死ぬかというときになると、三郎助は自分の言いだしたことも忘れて必死に念仏をとなえ、波風が静まるとまたお題目に戻る。これですむかと思っていたら、またぞろ音七が狂いだし、百万遍に使った数珠繩をみなの前にひきずってきて、

「みなも見てくれ。どうだ、この繩のやわらかいことは。いまはこれまでというときの用意に、首縊りの輪索をこしらえておいたが、百万遍の数珠にしたこの繩は、みなの手擦れでやわらかになり、いかにも締りぐあいがよさそうだ。今のうちに、あれとこれを取換えておこうではあるまいか」