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じゅうきちひょうりゅうきぶん

重吉漂流紀聞

久生 十蘭

「小説公園」1952(昭和27)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页

青空文庫

とおろおろ声で問い返した。

「夢どころであるかい。迎いの端舟がついそこまで来ている。黄粉でも食って、腹ごしらえをしておけ」

と言い捨て、表ノ間へ走っていって晴着の袖の着物に着換えた。御判物と御船手形を首にかけて甲板へ上がり、梯子をおろして待っていると、そこへ端舟が着いて、上背のある赤毛の異国人が身軽なようすで上がってきた。

異人に面と向うのはこれがはじめてだったが、勇気を出して傍へ行き、

「わたくしは尾張知多郡の生まれにて、重吉と申す船頭でございますが、時化に逢って難船いたし、長の年月、こうして漂い流れて居りました。船はこの体裁になり、食うものもなく、まことに難儀をして居りまする。お慈悲をもって、なにとぞお助けくだされとうございます」

と念を入れて挨拶したが、いっこうに通じない。詮方なく、もと十四人の人間が乗っていたが、つぎつぎに死んだので海に捨て、いまこの船に三人だけが生残っていると、手真似で仕方話をしてみせると、異人は毛深い大きな手で重吉の手を握り、なんの心かポンと肩をつよく叩いた。

間もなく音七と半兵衛が甲板に上がってきた。思いもよらぬ異国船の形相を見るなり、二人は震えあがって逃げだしそうにしたが、重吉は宥めて端舟に移らせておき、船の中をひと巡りして名残を惜しんでから、手廻りのものを持って船を離れた