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じゅうきちひょうりゅうきぶん

重吉漂流紀聞

久生 十蘭

「小説公園」1952(昭和27)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,456 字 · 52 页

青空文庫

あった。

八日の朝、西北の方角におぼろな島影を見たのが最後で、それからはどちらを眺めても八重汐の海の色ばかり。賄の孫三郎は、心細がって、その日、髪をおろして出家になった。

十一日の夕方から風が落ちかけ、十二日の朝、九日目でやっと凪になった。見るかぎりの大海原だが、行きちがう船もないではなかろう、昼は見張を立て、夜は灯影を絶さぬように申しあわせ、形ばかりの舵と帆柱をこしらえにかかった。これから先は八丈島だけが頼みだから、心願をこめて神をとってみると、八丈島はとっくに通り越し、いまいるところは島の南二百里の海上と出た。

誰も口にだしてはいわないが、このぶんでは容易なことでは帰れぬと覚悟をきめたらしく、まず賄の孫三郎が有米をしらべさせてもらいたいといいだした。積荷の大豆は二百俵もあるが、帰りの船のことだから、食い米は五斗俵で六俵しかない。みなの意見で一俵だけはなにかの用意に囲い、五俵を十三人に割当て、そのうえのことに豆を粉にして主な食料にあてる。月のはじめに大雨に逢ったきり、その後、いっこうに雨気がない。飲み水が不足するのはわかっているから、海水をランビキ(蒸溜)し、その水を等分に分けて飲むことにきめ、十一月いっぱいはそんな風にして暮した。