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やこ

野狐

田中 英光

「知識人」1949(昭和24)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,615 字 · 39 页

青空文庫

それがなかったために、私は妻が厭になったのだ。けれども、桂子は、それを私のカマかワナのように思っているらしい。

翌日は、彼女に勤めをやめさせる日。最後の晩、気持よく勤め、みんなにも挨拶したいというので、私は銀座界隈、顔見知りの編集者に厚かましくタカって、十時半頃になってから、「うらら」に出かけてゆく。

青い照明の、他の厚化粧した女たちと、酔った男たちのいる店でみる桂子は別人のようだ。他の女たちに比べ、わざとらしく肩を張っているのも、田舎っぽいのも、小柄なのも、私には可憐にみえた。彼女は私が四、五百円の現金しか持ってゆかなかったのが不快らしく、一分と落着いて、私の席に坐っていない。私のことを、ひどい焼餅やきと桂子の宣伝が利いているので、他の女給たちが心配し、何度も、「桂子さアん」と呼んでくれるのだが、桂子は故意に、小さい身体をチョコマカと動かし、客たちの間をぬって、ダンスしている。私はその彼女の利かぬ気を微笑で眺め、他の女給とダンスを始める。

曲がタンゴでもブルースでもかまわず、トロットのボックスを踏んでいればよい怪しいダンス。戦前、やかましいダンスを覚えた私には、それがまるで気ぬけしたみたい。