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やこ
野狐
田中 英光
「知識人」1949(昭和24)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,615 字 · 39 页
ボツボツ家政婦に出だした妻がまだ一張羅の晴着を質屋から出してないのを私は知っている。それでも私には、桂子の盗難のほうが気になり、ゆっくり相談したい気持になるのだった。なんという不道徳漢と誰に罵しられても仕方がない。その日、姉の家に移転してから、初めて、二つの雑誌社から、小説註文の編集者がみえた。私は旧臘からのゴタゴタで、満足な仕事もせず、世の中から忘れられたと僻んでいたときだけに、その客たちが嬉しく、桂子が二時間経っても、まだ来ない気持の苛立ちも紛らすことができた。
黄昏、例によってアドルムと人が恋しくなる頃、私は台所の姉に薬を貰いにゆき、その時、新宿の桂子を見舞にゆきたいと言いだした。姉はそれを止めはしなかった。しかし、私がああいう手紙を書いて、桂子がやってこないのには他に理由もあろう。更に、翌日、私の老母が見舞にゆくことになっているから、お見舞はそれからでもいいだろうと言った。私も気づけば、すでに桂子は勤めに出た後の時間である。それで翌日、老母の行ってくれた後のことにしようと思い、いつものようにアドルム五錠を貰ってから、子供たちと、離れの十畳にゆき、将棋をやっていた。