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ななこ

野菊の墓

伊藤 左千夫

伊藤左千夫『野菊の墓』。同一底本的分册已合并为一书。收入:奈々子、隣の嫁、春の潮。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,271 字 · 144 页

青空文庫

人に怪しまれやしまいかと思うと落ち着いていられなくなった。省作は出たくもない便所へゆく。便所へいってもやはり考えられる。

それではおとよさんは、どうもおれを思ってるのかもしれない。そうするとおとよさんはよくない女だ。夫のある身分で不埒な女だ。不埒だなア。省作はたしかに一方にはそう思うけれど、それはどうしても義理一通りの考えで、腹の隅の方で小さな弱々しい声で鳴る声だ。恐ろしいような気味の悪いような心持ちが、よぼよぼした見すぼらしいさまで、おとよ不埒をやせ我慢に偽善的にいうのだ。省作はいくら目をつぶっても、眉の濃い髪の黒いつやつやしたおとよの顔がありありと見える。何もかも行きとどいた女と兄もほめた若い女の手本。いくら憎く思って見てもいわゆる糠に釘で何らの手ごたえもない。あらゆる偽善の虚栄心をくつがえして、心の底からおとよさんうれしの思いがむくむく頭を上げる。どう腹の中でこねかえしても、つまりおとよさんは憎くない。いよいよおとよさんがおれを思ってるに違いなけりゃ、どうせばよいか。まさかぬしある女を……おとよさんもどういう了簡かしら。いやだいやだ、おとよさんがいくらえい女でも、ぬしある女、人の妻、いやだいやだ。