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ななこ

野菊の墓

伊藤 左千夫

伊藤左千夫『野菊の墓』。同一底本的分册已合并为一书。收入:奈々子、隣の嫁、春の潮。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,271 字 · 144 页

青空文庫

感覚の働きが鈍ったわけではないけれど、感覚の働きがまごついているような状態にある。省作はまるで自分の体が宙に釣られてる思いがしている。こういう時には必ず他の強い勢力を感じやすい。おとよの念力が極々細微な径路を伝わって省作を動かすに至った事は理屈に合っている。

「おとよさんは、わたしがいくとそりゃ嬉しがるの、いくたびにそうなの、人がいないとわたしを抱いてしまうの、それでわたしが帰る時にはどうかすると涙をこぼすの」

おはまからこれだけの言を聞いたばかりで、省作はもう全身の神経に動揺を感じた。この時もはや省作は深田の婿でなくなって、例の省作の事であるから、それを俄かに行為の上に現わしては来ないが、わが身の進転を自ら抑える事のできない傾斜の滑道にはいってしまった。

こんな事になるならば、おとよはより早く、省作と一緒になる目的をもって清六の家を去ればよかった。そうすれば省作も人の養子などにいく必要もなく、無垢な少女おつねを泣かせずにも済んだのだ。この解り切った事を、そうさせないのが今の社会である。社会というものは意外ばかなことをやっている。自分がその拘束に苦しみ切っていながら、依然として他を拘束しつつある。