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のぎくのはか

野菊の墓

伊藤 左千夫

「ホトトギス」1906(明治39)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,539 字 · 67 页

青空文庫

しかしその頃から今までにない考えも出て来た。民子はただただ少しも元気がなく、痩衰えて鬱いで許り居るだろうとのみ思われてならない。可哀相な民さんという観念ばかり高まってきたのである。そういう訣であるから、学校へ往っても以前とは殆ど反対になって、以前は勉めて人中へ這入って、苦悶を紛らそうとしたけれど、今度はなるべく人を避けて、一人で民子の上に思いを馳せて楽しんで居った。茄子畑の事や棉畑の事や、十三日の晩の淋しい風や、また矢切の渡で別れた時の事やを、繰返し繰返し考えては独り慰めて居った。民子の事さえ考えればいつでも気分がよくなる。勿論悲しい心持になることがしばしばあるけれど、さんざん涙を出せばやはり跡は気分がよくなる。民子の事を思って居ればかえって学課の成績も悪くないのである。これらも不思議の一つで、如何なる理由か知らねど、僕は実際そうであった。

いつしか月も経って、忘れもせぬ六月二十二日、僕が算術の解題に苦んで考えて居ると、小使が斎藤さんおうちから電報です、と云って机の端へ置いて去った。例のスグカエレであるから、早速舎監に話をして即日帰省した。何事が起ったかと胸に動悸をはずませて帰って見ると、宵闇の家の有様は意外に静かだ。