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のぎくのはか

野菊の墓

伊藤 左千夫

「ホトトギス」1906(明治39)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,539 字 · 67 页

青空文庫

台所で家中夕飯時であったが、ただそこに母が見えない許り、何の変った様子もない。僕は台所へは顔も出さず、直ぐと母の寝所へきた。行燈の灯も薄暗く、母はひったり枕に就いて臥せって居る。

「お母さん、どうかしましたか」

「あア政夫、よく早く帰ってくれた。今私も起きるからお前御飯前なら御飯を済ましてしまえ」

僕は何のことか頻りに気になるけれど、母がそういうままに早々に飯をすまして再び母の所へくる。母は帯を結うて蒲団の上に起きていた。僕が前に坐ってもただ無言でいる。見ると母は雨の様な涙を落して俯向いている。

「お母さん、まアどうしたんでしょう」

僕の詞に励まされて母はようやく涙を拭き、

「政夫、堪忍してくれ……民子は死んでしまった……私が殺した様なものだ……」

「そりゃいつです。どうして民さんは死んだんです」

僕が夢中になって問返すと、母は嗚咽び返って顔を抑えて居る。

「始終をきいたら、定めし非度い親だと思うだろうが、こらえてくれ、政夫……お前に一言の話もせず、たっていやだと言う民子を無理に勧めて嫁にやったのが、こういうことになってしまった……たとい女の方が年上であろうとも本人同志が得心であらば、何も親だからとて余計な口出しをせなくもよいのに、この母が年甲斐もなく親だてらにいらぬお世話を焼いて、取返しのつかぬことをしてしまった