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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
05 お茶漬音頭
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,874 字 · 20 页
「うらみ数え日
家蔵とられた
仇敵におうみや
薬かゆすりか
気ぐすりゃ知らねど
あたきゃ窶れてゆくわいな
あれ、よしこの何だえ
お茶漬さらさら」
一つ文句のこの小唄、明暮れこれを歌いながら、お艶は今も夜の巷を行く。白じらとした月明りに罩もって、それはさながら冥府の妓女の座興のよう――藤吉勘次は思わず顔を見合せた。拳にも倦きてか、もう縁台の人影もいつとはなしに薄れていた。
お江戸京橋は亀島町を中心にして、狂女のお艶が姿を現わしたのはこの年も春の初め、まだ門松が取れたか取れないころだった。鳥追笠を紅緒で締めて荒い黄八に緋鹿子の猫じゃらしという思い切った扮装も、狂気なりゃこそそれで通って、往きずりの人もちと調子の外れた門付だわいと振り返るまでのこと、当座はたいして物見評判の的にもならずに過ぎたのだったが、ある好奇家がひょいと笠の下を覗き込んで、「稀代の逸品でげす、拝むだけで眼の保養でげす」などと大仰に頭を叩いてからというものは、お艶の名はその唄うお茶漬音頭とともに売り出して、こんな莫迦騒ぎの好きな下町の人びとの間に、声を聞かざるは三代の恥、姿を見ざるは七代の不運なぞと言い囃され、美人番付の小結どころに挙げられるほどの持て方となった。