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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
07 怪談抜地獄
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,998 字 · 32 页
玄内はいつも笑顔で伝二郎を迎えてくれた。帰りが晩くなると、自分で提灯を下げて竹屋の渡しあたりまで送ってくることさえ珍しくなかった。彼の博学多才には伝二郎もほとほと敬意を表していた。何一つとして識らないことはないように見受けられた。そのお蔭で伝二郎も何かと知ったかぶりの口がきけるようになって行った。彼のこのにわか物識りは、養父たる大旦那を始め、店の者一統から町内の人たちにまで等しく驚異の種であった。実際このごろでは、歩き方からちょっとした身の態度にまで、伝二郎は細心に玄内の真似を務めているらしかった。供も伴れずに、月並みな発句でも案じながら、彼が向島の土手を寺島村へ辿る日がいつからともなく繁くなった。相手の人為りに完全に魅されてしまって、ただ由あるお旗下の成れの果てか、名前を聞けば三尺飛び下らなければならない歴とした御家中の、仔細あっての浪人と、彼は心の裡に決めてしまっていたのである。
「主取りはもうこりこりじゃて、固苦しい勤仕は真平じゃ。天涯独歩浪人の境涯が、身共には一番性に合うとる。はっはっは。」
こうした玄内の述懐を耳にするたびに、お痛わしい、と言わんばかりに、伝二郎はわがことのように眉を顰めていた。