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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

07 怪談抜地獄

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,998 字 · 32 页

青空文庫

もう夜明けまで間があるまい。夢か現にこう思いながら、ひょいと玄関への出口へ眼をやると、われにもなく彼は息が詰りそうだった。枕元近く壁へ向って、何やら白い影のようなものがしょんぼり据わっているではないか。あやうく声を立てるところだった。が、次の瞬間には頭から蒲団を被って掻巻の襟をしっかり噛み締めていた。身体じゅうの毛穴が一度に開いて、そこから冥途の風が吹き込むような気持ちだった。が、怖いもの見たさの一心から夜具の袖を通して伝二郎は覗いてみた。女である。文金高島田の黒髪艶々しい下町娘である。それが、妙なことには全身ずぶ濡れの経帷子を着て、壁に面してさむざむと坐っているのである。傾いた月光が女の半面を青白く照らして、頭髪からも肩先からも水の雫が垂れているようだった。後れ毛の二、三本へばりついた横顔は、凄いほどの美人である。思わず伝二郎は震えながらも固唾を呑んだ。と、虫の鳴くような細い音が、愁々乎として響いて来た。始めは雨垂れの余滴かと思った。が、そうではない。女が泣いているのである。壁に向って忍び泣きながら、何やら口の中で呟いているのである。伝二郎は怖さも忘れて聞き耳を立てた。