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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
「うん、僕も出かける」と云いながら、夫は指壓のあとでぐったりとして、まだ寝台に横になっていた。………
四月十七日。夫にとって重大な事件の起った日、私にとっても重大な日であったことに変りはない。事によると今日の日記は生涯忘れることのできない思い出になるのではないかと思う。従って今日一日の出来事は細大隠すところなく刻明に書いておきたいのだけれども、しかしそういっても早まったことはしない方がよい。やはり今のところ、今日の朝から夕刻まで私がどこでどういう風に時間を消費したかについては、あまり委しくは書かない方が賢明である。とにかく私は、今日の日曜日をいかにして過すかは前からきめておいたのであるから、その通りにして過した。私は大阪のいつもの家に行って木村氏に逢い、いつものようにして楽しい日曜日の半日を暮らした。あるいはその楽しさは、過去の日曜日のうちでは今日が最たるものであったかも知れない。私と木村氏とはありとあらゆる秘戯の限りを尽して遊んだ。私は木村氏がこうしてほしいと云うことは何でもした。何でも彼の注文通りに身を捻じ曲げた。夫が相手ではとても考えつかないような破天荒な姿勢、奇抜な位置に体を持って行って、アクロバットのような真似もした。