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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
始終眼鏡をかけている人が外すと、誰でもちょっと妙な顔になるものだが、夫の顔は急に白ッちゃけた、死人の顔のように見えた。夫はその顔を近々と傍に寄せて、穴の開くほど私の顔を覗き込んだものだった。私も自然彼の顔をマジマジと見据える結果になったが、その肌理の細かい、アルミニュームのようにツルツルした皮膚を見ると、私はもう一度ゾウッとした。昼間は分らなかったけれども、鼻の下や唇の周りに髯が微かに生えかかっているのが(彼は毛深いたちなのである)見えて、それがまた薄気味が悪かった。私はそんなに近い所で男性の顔を見るのは始めてだったので、そのせいもあったかも知れないが、以来私は、今日でも夫の顔を明るい所で長い間視つめていると、あのゾウッとする気持になるのである。だから私は彼の顔を見ないようにしようと思い、枕もとの電燈を消そうとするのだが、夫は反対に、あの時に限って部屋を明るくしようとする。そして私の体じゅうのここかしこを、能う限りハッキリ見ようとする。(私はそんな要求にはめったに応じないことにしているけれども、足だけはあまり執拗く云うので、已むを得ず見せる)私は夫以外の男を知らないけれども、総体に男性というものは皆あのように執拗いのであろうか。