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かぎ
鍵
谷崎 潤一郎
「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页
二時に児玉さんが来た。私は敏子だけを枕元にいさせて、病室の外で児玉さんを迎え、夫がいかなる状態において発病したかを、―――敏子には云わずにおいた事柄を、ざっと話した。またも私は顔を赧くした。児玉さんの診察はなかなか入念で慎重であった。「懐中電燈を貸して下さい」と云って、瞳孔を照らして対光反射の検査をし、「何か箸の棒のようなものはありませんか」と云った。敏子が台所から割箸を持って来た。「ちょっとの間部屋を明るくして下さい」と、螢光燈を点じさせた。児玉さんは、病人の右の足の蹠と左の足の蹠の表面を、その棒の先で踵から爪先へソロソロと数回擦り上げた。(バビンスキー反射というのだと、あとで児玉さんが教えてくれた。棒で擦り上げてみて、どちらかの側の足の趾が反射的に反りかえる場合には、その反対の側に脳溢血があったものと認められる。御主人はどこか右側の脳の一部が切れたものと思わなければなりませんなと、いうことであった)次に児玉さんは、病人が着ていた掛布団を剥ぎ、病人の上に被せてあった寝間着を、下腹の辺まで捲り上げた。(夫が素裸で臥ていたことに、その時始めて児玉さんと敏子が心付いた。