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かぎ

鍵

谷崎 潤一郎

「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页

青空文庫

という意味を匂わせたつもりであるが、病人にそれが読めたかどうか。でも病人は、それきりもうそのことを云わず、おとなしく口を開けて私がさし出す粥をすすった。………

八時、敏子が去り、九時、婆やが去る。十時、病人が鼾を掻いて熟睡し始める。小池さんを二階へ行かせる。十一時、庭に足音が聞える。裏口から女中部屋へ通す。十二時、彼去る。鼾ごえがなお続いている。

四月二十二日。………病状には格別の変化もない。血壓昨日よりまた少し高い。睡眠剤で夜間は安眠するらしいけれども、昼間はとかくもやもやしたものが頭に浮かんで来るらしく、ややもすればイライラする様子が見える。一日十二時間以上睡眠を取らせることが必要であると、児玉さんは云うのであるが、正味熟睡しているのは六七時間に過ぎないであろう、その他の時間は、ウトウトしているようにはみえるが、ほんとうに寝ているのかどうかアテにならない。(大体において、鼾を掻いていない時は眠りの浅い時、せいぜい半睡半醒の状態にいる時であると、私は長年の経験によって判断している。いや、その鼾さえも、今のはニセの鼾ではないかと凝い得る場合がないではない)児玉さんの許可を得て、明日からルミナールを日に二回、午前中に一回と、午後に一回と用いることにする。