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かぎ

鍵

谷崎 潤一郎

「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页

青空文庫

と。亡くなった父母に厳しい儒教的躾を受けた私が、仮にも夫の悪口を筆にするような心境に引き入れられたのは、二十年来古い道徳観念に縛りつけられて、夫に対する不満の情を無理に抑壓していたせいもあるけれども、何よりも、夫を嫉妬せしめるように仕向けることが結局彼を喜ばせる所以であり、それが「貞女」の道に通ずるのであることを、おぼろげながら理解しかかっていたからである。しかし私はまだ、夫を「激しく嫌」うと云い、「性が合わない」と云っているに過ぎず、すぐそのあとから「他の人を愛する気にはなれない」、夫に「背くことは生れつきできない」と、弱音を吐いているのである。私はすでにその時分から、潜在的には木村を恋しつつあったのかも知れないが、自分ではそれを意識していなかった。自分は夫に貞節を尽さんがために、心ならずも彼の嫉妬を煽るような言葉を、恐る恐る、それも大変遠廻しに洩らしていただけであった。

だが、十三日に、「木村ニ対スル嫉妬ヲ利用シテ妻ヲ喜バス※(コト、1-2-24)ニ成功シタ」、―――「ソウイウ風ニシテ努メテ僕ヲ刺戟シテクレル※(コト、1-2-24)ハ、彼女自身ノ幸福ノタメデモアルト思ッテ貰イタイ」