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かぎ

鍵

谷崎 潤一郎

「中央公論」中央公論社、1956(昭和31)年1月、5月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,182 字 · 200 页

青空文庫

(第一回の発作以後も、私は少しも手を緩めずに、彼を嫉妬させるべく小細工を弄しつづけた)彼の肉体的破滅がそう遠くない時期に迫っているらしいことは、木村がよほど以前からそれとなく豫言していたが、私も、そして恐らくは敏子も、そういうことに勘の鋭い木村の直覚を、なまじな医師の判断よりもアテにしていた。

それにしても、私の体質に淫蕩の血が流れていたことは否み得ないとして、夫の死をさえたくらむような心が潜んでいたとは、どうしたわけであろう。いったいそんな心が、いつ、どんな隙に食い込んだのであろう。亡くなった夫のような、ひねくれた、変質的な、邪悪な精神で、執拗にジリジリと捻じ曲げられたら、どんな素直な心でもしまいには曲って来るのであろうか。そうではなくて、私の場合は、昔気質な、封建的な女と見えたのは環境や父母の躾のせいで、本来は恐ろしい心の持ち主だったのであろうか。このことはもっとよく考えてみなければどちらとも云えない。と同時に、終局においてやはり私は亡くなった夫に忠実を尽したことになるのである、夫は彼の希望通りの幸福な生涯を送ったのであると、云えるような気がしないでもない。