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かがみのなかのつき
鏡の中の月
宮本 百合子
「若草」1937(昭和12)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,290 字 · 15 页
「なかなか敏腕だし、ほかに難はないんだけどねえ」
ゆき子は笑いもせず、はじめの細君が病気になったら、山口がその病気になった細君を背負って実家へ行って、一言も口をきかずに家の入口へ置いてかえって来てしまったという話をした。
「ほんとに、ひとっことも利かずだってさ。……どういうんだろ」
その女がなおった時、山口はもう二度目の女を入れていて、しかもまた初めの妻とよりが戻り、二度目の妻の出たのはそれが原因なのであった。
瀧子は、きちんと畳んだハンケチをもっている手を仄白い自分の無邪気な丸顔の前でふるようにして、
「もういい! もういい!」
と、つよく言った。「先からやいやい言うのに、ろくなのはないにきまっている――売屋敷とおんなじだわ」
山口の方は、この頃のいそがしさで瀧子が落付いてひとに調査をたのむゆとりもないのにつけ入っているように見えた。身よりのない瀧子の二十七の女心がぐらついて、こちらに傾けばとだけつめよせて来ているのである。
駅の構内の告知板には、日章旗と祝出征という字を赤インクで描いた紙に、川上大二郎君八月十四日、某々君同日と列記して張り出しがされた。