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かがみもち
鏡餅
宮本 百合子
「新潮」1934(昭和9)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 7,163 字 · 15 页
親戚に不幸があったとかで、サエが二階をかりている家では、たった一軒だけ門松を立てていないのであった。まさは云わず語らずのうちに、サエの心持をくんでいてくれている。そのことをサエは無言のいろいろのことから感じているのであった。
やがて、佐太郎が、照れたような子供らしい笑いかたで、
「もう一杯のんでいいかね」
と、まさに眉の濃い顔を向けた。
「いいけど、――あるかしら……あやしいね」
サエがつまみにくそうに銚子のふたをとってなかをのぞいた。
「ある、ある!」
弾んだ声を出した。
「もう一杯ぐらいずつあるわ」
「味醂て、たかいもんだねえ、一合二十八銭もするよ」
「ふーむ」
サエは、「こんどは専吉の分」そうはっきり心に思って、佐太郎の猪口に銚子をさした。「命があるように……」そう思って、まさやサワ子の猪口にも屠蘇を注ぐのであった。
二杯目の猪口をチャブ台の上に大切そうにおろしながら、七十六になったおばあさんが嬉しそうに口元と肩とをすぼめ、
「今年はお鏡を、あのひとの前へも飾りましょうかね」
恭々しく中指を立てて、むこうの壁際をさした。みんながそっちを見、一斉に何とも知れぬ笑声をあげた。