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かんちょうざじけん

間諜座事件

海野 十三

「日曜報知」1932(昭和7)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,989 字 · 21 页

青空文庫

弦吾は肘でチョイと同志帆立の脇腹を突いた。

ぬからず帆立が、

「ピ、ピーイ、ピッ……」

とヴァレンシアのメロディーを口笛で吹き始める。

ヒョロヒョロと、向うから人影が現れた。

弦吾はツと帽子を被り直した。

どおーン。

酔払いが突き当った。

「ヤイ、ヤイ、ヤイッ」酔払いが呶鳴った。

「つッ突き当りやがって、挨拶をしねえとは何でえ。こッこの棒くい野郎奴」

「……」

「だッ黙ってるな。いよいよもう、勘弁ならねえ、こッ此の野郎ッ」

どおーンと突き当ったのはいいが拳固を振り下ろすところを、ヒラリと転わされて、

「ぎゃーッ」

と叫ぶと、酔漢は舗道の上に、長くのめった。

弦吾と同志帆立とは、酔漢の頭を飛び越えると足早に猿江の交叉点の方へ逃げた。

細い横丁を二三度あちこちへ折れて、飛びこんだのはアパートメントとは名ばかりの安宿の、その奥まった一室――彼等の秘密の隠れ家!

「どうだった?」入口の扉にガチャリと鍵をかけると、帆立が云った。

「ウン、これだ」

弦吾は掌を開くと、小形のたばこやマッチを示した。酔払いから素早く手渡された秘密のマッチ箱だった。小指の尖で、中身をポンと落しメリメリと外箱を壊して裏をひっくりかえすと、弦吾はポケットから薬壜を出し、真黄な液体をポトリポトリとその上にたらした。