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おかめ

阿亀

豊島 与志雄

「文芸春秋」1925(大正14)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,900 字 · 14 页

青空文庫

電車通りから狭い路地をはいると、すぐ右手に一寸小綺麗な撞球場があった。電車通りに面した表の方は、煙草店になっていて、各国産の袋や缶の雑多な色彩が、棚の上に盛り上っていた。その店から、磨硝子の戸を距てて、撞球台が二つ並んでいる広間となり、奥は障子越しに、家の人達の住居になっていた。

ゲーム取りの女が二人いた。――客の少ない時はそのうちの年上の方が、客の多い時はお上さんが、煙草店の方に坐っていた。随って、球を撞きながらうまい煙草が吸えた。磨硝子の戸を一寸開いて、上等の葉巻を一本求めても、少しも可笑しくはなかった。随って、客は大抵愛煙家だった。その常連が、勤人とか小店主とか、そういった中年の人達で、長時間遊んでゆく者は少なく、数も多くなく、またふりの客も少ないので、場内はいつも静かだった。

その静かな、時にはがらんとした感じの広間の一方、奥へ通ずる障子の上の欄間に、見事な阿亀の面が、白々と浮出していた。能面の二倍ほどもある大きさのもので、欄間一杯の扇の真中に恵比須と大黒との像のはいった小箱をわきにして、にこやかな永遠の笑顔を見せていた。それが、わりに静かな場内の空気のせいか、不思議にも、煙草の煙や撞球の道具などの新世紀風の中に、しっくりと調和して落着いていた。