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おかめ
阿亀
豊島 与志雄
「文芸春秋」1925(大正14)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 6,900 字 · 14 页
「それは……。」
お目出度い……という言葉が口から出なくて、変にこじれてくると、やがて、彼女の方がじれ出したらしく、足をばたりばたりやり初めた。
「お目出度いね。」
漸くいってしまって、ほっとしたはずみに、ふと気付いたのだが、室の中の注意がこちらに向いていた。
一体、撞球場の中の空気というものは変梃だ。凡ての中心が球にある。中にいる者は固より、飛びこんでいったばかりの者まで、意識がみな球の方へ吸い寄せられる。親しい顔がずらりと並んでいても、ふと眼の向いたものと機械的な会釈が交わされるだけで、みな全くの他人で土偶に等しく、球だけが生々と活躍して、あらゆるものの中心となる。それが今、どうしたことか、皆の注意が球を外れて、僕の方へ向いている。
――はて……。
見廻すと、向うの方で木谷が、キューにチョークをつけながら、何やら目配せをしていた。その目配せが、急にさし招くような上目睥みに変った。
――何かしくじったのかな。
と同時に、変にぎくりとした。
「いや……失敬。」
彼女は立上って、いやに丁寧なお辞儀をした。
「どうだい、調子は……。」
木谷の方へやって来ながら、僕はそんな風に平気を装ったが、何かしら落着けなかった。