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ちんじょうしょ

陳情書

西尾 正

「ぷろふいる」ぷろふいる社、1934(昭和9)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,750 字 · 38 页

青空文庫

平素の身汚なさを尽く払い落し、服装から姿態から眼鏡迄、あの水々しい淫売宿のおふささんに成り済ませて……。楽屋口から差す灯を微かに半面に受けて、真白い横顔を薄暗の中に浮び上らせた女が、閣下よ、私の古臭い女房なのでありましょうか? 予期した事とは云い乍ら其の予期通りの現実が腹立たしく、憎悪と嫉妬の片鱗を覚え乍ら他方出来る丈苛酷な処置を施してやろうと、狂い上る感情を押え押えともすれば失われ勝ちの冷酷さを呼び起そうと、懸命に努力して居りました。それから約二十分の間、私は曙館の塀に身を潜めて妻と其の相手の現われるのを凝乎待って居たのであります。逸る心を抑えようとすればする程、口腔は熱し二重廻しの両袖が興奮から蝶の羽根の如く微かに震動して居りました。乍然、閣下よ、それから二十分の後に現われた妻の情夫は、情夫と思われる人物は、――意外にも三村千代三ではありませんでした。寔に色の真白な女の如き優男ではありましたが、五尺三寸にも足らぬ小柄な華奢な肢体を真黒なモジリで包み襟元から鼻の辺迄薄色のショオルで隠し灰色の軽々しいソフト帽子を眼深に冠った、一見して旧派の女形然たる千代三とは似ても似つかぬ別人物ではありませんか? そして全身から陰気な幽霊の如き妖しい魅力を漂わせて居る所は、孰方かと云えば明朗な美男である千代三の溌剌性と