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ざっきょかぞく
雑居家族
壺井 栄
「毎日新聞」1955(昭和30)年3月25日~8月15日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 140,106 字 · 283 页
オーバーは左のそで裏がひどくやぶれているらしく、なかなか手が通らなかった。彼が左ききなことをふっと思いだしながら安江は、そのうすよごれた粗末なオーバーをみると、
「ちょっとまって。」と奥へ引っこみ、いそいで千円札を一枚、ちり紙にくるんできた。
「久しぶりなのに、ゆっくりすればいいのに。――失礼ですけど、これで桃の花でも買ってって仲なおりしなさいよ。」
オーバーのポケットにつっこんだ。そして何となくほっとした気持と、また別に、このたずねてくるたびに落ちぶれてゆくようなかなしい老人の姿を、気のめいる思いでみおくった。
――この前きたときは、彼は戦後のどさくさの中で景気のよい方の人間だった。何と思ったのか自動車のない時代に自動車でのりつけてきて、一もうけする気はないかといった。安江に金でもあれば出資させようという魂胆だったらしい。その前はまだ戦争中で、甘いもののない時代に、ブドウ糖と称する黄色い菓子をもってきた。それは食べると口の中が黒くなった。――
門の戸がしまるのを待ってでもいたように、音枝と浜子が台所からころがるようにして出てきた。今までも笑っていたくせに、この上まだ、思いっきり兵六さんについて笑おうというようなその様子をみると、安江は渋い顔をして、