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ざっき(いち)

雑記(Ⅰ)

寺田 寅彦

「中央公論」1922(大正11)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,568 字 · 33 页

青空文庫

あきらめて東京駅から鶴見行の切符を買った。この電車の乗客はわずかであったが、その中で一人かなりの老人で寝衣のようなものを着て風呂敷包をさげたのが、乗ったと思うともうすぐに有楽町で下りた。これはどういう訳だか私には不思議に思われた。事によるとこの人は東京駅員で昨夜当直をしたのが今朝有楽町辺の宿へ帰って行くのではないかという仮説をこしらえてみた。そう云えば新橋で下りる人もかなりあった。これもどういう人達か見当が付かない。

汚いなりをした、眼のしょぼしょぼした干からびた婆さんと、その孫かとも見える二十歳くらいの、大きな風呂敷包の荷をさげた、手拭浴衣の襦袢を着た男が乗っていた。話の様子で察してみると、誰かこの老婆の身近い人が、川崎辺の病院にでもはいっていて、それが危篤にでも迫っているらしい。間に合うかどうかを気にしているのを、男がいろいろに力をつけて慰めてでもいるらしかった。こういう老婆を見ると、いかにも弱々しく見える一方では、また永い間世の中のあらゆる辛苦に錬え上げられて、自分などがとても脚下にもよりつかれないほど強い健気なところがあるように思われて来る。