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ざっき(いち)

雑記(Ⅰ)

寺田 寅彦

「中央公論」1922(大正11)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,568 字 · 33 页

青空文庫

そしてそれが気の毒なというよりはむしろ羨ましいような気のする時がないでもない。

鶴見で下りたものの全くあてなしであった、うしろの丘へでも上ったらどこかものになるだろうと思って、いい加減に坂道を求めて登って行った。風が少しもなくて、薄い朝靄を透して横から照り付ける日光には帽子の縁は役に立たぬものである。坂を上りつめると広い新開道があった。少しあるくと道は突然中断されて、深い掘割が道と直角に丘の胴中を切り抜いていた。向うに見える大きな寺がたぶん総持寺というのだろう。

松林の中に屋根だけ文化式の赤瓦の小さな家の群があった。そこらにおむつが干したりしてあるが、それでもどこかオルガンの音が聞えていた。

まだ見た事のない総持寺の境内へはいってみた。左の岡の中腹に妙な記念碑のようなものがいくつも立っているのが、どういう意味だか分らない。分らないが非常に変な気持を与えるものである。

暑くなったから門内の池の傍のベンチで休んだ。ベンチに大きな天保銭の形がくっつけてある。これはいわゆる天保銭主義と称する主義の宣伝のためにここに寄附されたものらしい。

絵でも描くような心持がさっぱりなくなってしまったので、総持寺見物のつもりで奥へはいって行った。