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おしゃく

雛妓

岡本 かの子

「日本評論」1939(昭和14)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 26,482 字 · 53 页

青空文庫

「なにかのときには、また、相談に乗ってあげようね、決して心細く思わないように、ね」

そして、そのときであった。雛妓が早速あの小さい化粧鞄の中から豆手帳を取り出してわたくしの家の処書きを認めたのは。

その夜は、わたくしたちの方が先へ出た。いつも通り女中に混って敷台へ送りに出た雛妓とわたくしとの呼び交わす声には一層親身の響きが籠ったように手応えされた。

「奥さまのかの子さーん」

「お雛妓さんのかの子さーん」

「かの子さーん」

「かの子さーん」

わたくしたちは池畔の道を三枚橋通りへ出ようと歩いて行く。重い気が籠った闇夜である。歩きながら逸作は言った。

「あんなに話を深入りさしてもいいのかい」

わたくしは、多少後悔に噛まれながら「すみません」と言った。しかし、こう弁解はした。

「あたし、何だか、この頃、精神も肉体も変りかけているようで、する事、なす事、取り止めありませんの。しかし考えてみますのに、もしあたしたちに一人でも娘があったら、こんなにも他所の娘のことで心を痺らされるようなこともないと思いますが――」

逸作は「ふーむ」と、太い息をしたのち、感慨深く言った。「なる程、娘をな。