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あめ
雨
織田 作之助
「海風」1938(昭和13)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,261 字 · 44 页
できるだけ月並でないもったいぶった言い方をと考えあぐんだ末の言葉であったから、紀代子も瞬間呆れたが、しかしそんなことはたびたびあることだから、たいして赧くもならずに、
「はあ」
と答え、そして、どうせ手紙を渡すのだったらどうぞ早くと彼を見た。その事務的な表情を見ては、さすがに豹一は続いて言葉が出ず、いきなり逃げだして、われながら不態だった。
不良中学生にしては何と内気なと紀代子は笑ったが、彼の美貌はちょっと心に止った。誰それさんならミルクホールへ連れて行って三つ五銭の回転焼を御馳走したくなるような少年やわと、ニキビだらけのクラスメートの顔をちらと想い泛べた。しかし私は違う。彼女は来年十八歳で学校を出ると、いま東京帝国大学の法学部にいる従兄と結婚することになっており、十六の少年など十も年下に見える姉さん面が虚栄の一つだった。それゆえ、その翌日から三日も続けて、上本町六丁目から小橋西之町への鋪道を豹一に跟けられると、半分はうるさいという気持から、いきなり振り向いて、
「何か用ですの」
と、きめつけてやる気になった。三日間尾行するよりほかに物一つ言えなかった弱気のために自嘲していた豹一の自尊心は、紀代子からそんな態度に出られて、本来の面目を取り戻した。