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あめ
雨
織田 作之助
「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,421 字 · 60 页
千日前から法善寺境内にはいると、そこはまるで地面がずり落ちた様に薄暗く境内にある祠の献納提灯や灯明の明りが寝とぼけた様に揺れていた。そこを出ると、妓楼が軒をならべている芝居裏の横丁であったが、何か胸に痛い様な薄暗さと思われた。前方に光が眩しく横に流れていて、心斎橋筋である。その光りの流れは、こちらへも又、向うの横丁へも流れて行かず、筧をながれる水がそのまゝ氷結してしまった様である。その為のこの横丁の暗さであったか、何か暗澹とした気持で、光りを避けて引きかえしたが、しかし、又、明るい通りに出てしまった。道頓堀筋、そこのキャバレエ赤玉の前を通ると、アジャーアジャーと訳の分らぬ唄声、そして途端に流れる打楽器とマラカスのチャイナルンバ。女性の肢態の動きを想わせる軽薄なテンポに咄嗟に、巴里楼の広間で白いイヴニングをきて客と踊っていた妓の顔を想い出し、カッと唇をかみしめながらキャバレエの中にはいった。テーブルへ来たホワイトローズの甘い匂いをさせているおっとりとした女が十九ときいてあきれかえって眼をしばたいているのには眼もくれず、隣のテーブルで、どう考えても一調子高すぎると思われる下手な東京弁で大学生が口説くのを、腕組みしながらフン/\ときいている額のひろい冷い感じの女にじっと眼を注いでいた。