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あめ
雨
織田 作之助
「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,421 字 · 60 页
浄瑠璃に見られるような文学性がないからね、と真面目にいいきかせるのだった。彼は、国漢文中等教員の検定試験をうける準備中であった。お君は金より大事な忠兵衛さん、その忠兵衛さんを科人にしたのもみんなこの妾ゆえと日に二十辺も朗唱するようになった。軽部は多少変態的な嗜好をもっていたが、お君はそれに快よくたえた。
ある日、軽部が登校して行った留守中に、日本橋の家できいたのですがと若い男が訪ねて来た。まあ、田中の新ちゃん、如何いしてたの。古着屋の息子で、朝鮮の聯隊に入隊していたのだが、昨日除隊になって帰って来たところだという。口調の活溌さに似ぬしょげ切った顔付で、何故自分に黙って嫁に行ったのかとお君を責めた。かつてお君は彼の為に唇を三回盗まれていた。体のことが無かったのは単に機会の問題だったのだと腹の中で残念がっているそんな田中の問責にお君はふに落ちぬ顔であったが、さすがに、日焼けした顔にあり/\と浮んでいる彼の悲しい表情に憐れを催し、彼のために天ぷら丼を注文した。こんなものがくえるかと、箸もつけずに帰って行った彼のことを、夕飯の時に、お君は、綺麗な眼の玉をくるり/\と動かしながら話した。