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ゆきとどろ

雪と泥

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋、1954(昭和29)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,993 字 · 40 页

青空文庫

その財布は印伝革で、長さ一尺五寸ばかりあり、すっかり手擦れて古くなっている。それはいつも小出しの銭を入れて、横に四つ折ってあるのだが、それをふところから出し、片手で口のところを持つと、折ってあるのがぱたぱたと長く垂れる。そうして、片手を財布の中へ入れながら、(すぐには銭を出さないで)暫く文句を云うのであった。

――また下駄か、このあいだ買ったばかりではないか、あれはもう穿けないのか。

台所の費用も限度まで切詰めてあり、物価の高低に関係なく、十年一日のように定っていたし、ときにしばしば芥箱の検査をした。野菜の切り屑など、むだに捨てはしないかというのである。魚類などが食膳にのぼるのは、年に幾たびと数えるくらいのもので、それもたいてい自分で釣って来た。釣だけは唯一つの道楽で、といっても金の掛る釣ではなく、竿は一文竿だし、餌は自分で掘って、舟などは決して雇わず、ただ岸を釣り廻るだけである。そうして獲物もすぐには喰べない、白焼にして干して置き、喰べるときにも頭や骨は捨てないのである。頭や骨はもういちど焼き、粉にして煮出しに使ったり、そのまま飯に掛けて喰べたりした。