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ゆきとどろ

雪と泥

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋、1954(昭和29)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,993 字 · 40 页

青空文庫

また、父の性質をもっともよくあらわしているのは、醤油の使いかたである。彼は醤油というものを決してそのままは使わない、同量の水で濃い塩湯を作り、それを混ぜて倍に薄めるのである。したがって、煮物などはいつも水っぽくて塩っ辛いばかりであった。

――煮物を醤油で黒く煮るなどというのは馬子か人足どものすることだ。

父はいつもそう云って、その倍に薄めた醤油を「薄口」と呼び、それを使って煮るのを上品な調理法だと主張していた。

「そうだ、伊丹の云うとおりだ」歩きながら折之助は首を振った、「彼は五百石余りの小普請だし、妻もあり子もあるんだから、――おれが彼から借りるという法はなかった」

だが主馬のほかには、そんなことを頼める相手がなかった。父から貰う小遣は年に一両二分で、よほどの理由がない限り、臨時の必要などは絶対認められない。仮にうまく口実を設けたにしても、それで騙されるような又左衛門では決してなかった。――折之助は胸の奥にざらざらした痛みを感じながら、ふと立停って空を見あげた。

「ああ、――そうか」と、彼はまた主馬の言葉を思いだした、「そういうことには気がつかなかった、慥かに、それなら父も反対はしないだろう、……もしも持参金を付けてくれるとしたら」