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ゆきとどろ

雪と泥

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋、1954(昭和29)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,993 字 · 40 页

青空文庫

三

三

折之助はすっかり当惑した。

梅の井へ着いたのは、約束の時刻より少し早かったが、おしのはもう来て待っていた。そうして、彼が坐るとまもなく、さきに命じてあったとみえて、二人の前へ酒肴の膳が運ばれた。

――これでは払いが足りなくなるかもしれないぞ。

彼はすぐにそう思った。伊丹から借りた金は極めて小額だった、それでもこれまでのように、茶と菓子だけならまにあうであろうが、酒や料理を取っては足りそうには思えなかった。

「お酒なんか取って、悪うございましたかしら」おしのは折之助の眼を見た、「でも堪忍して下さいましね、今日はどうしても少し召上って頂きたかったんですの、ねえ、どうかそんなお顔をなさらないで」

「いや、悪いなんてことはないけれど、私はあまり飲みつけないほうだから」

「でも今日は召上って」おしのはすぐに燗徳利を持った、「ね、お願いですから、今日だけはあたしの我儘をきいて下さいまし」

「どうしてそんなことを云うんです、今日だけはなんて、なにかわけでもあるんですか」

「ええ、――」おしのは頷いて、それからぱっと明るく微笑した、「でもそのお話はあとでしますわ、さ、どうぞ盃をお持ちになって」