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ゆきとどろ

雪と泥

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋、1954(昭和29)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,993 字 · 40 页

青空文庫

父は居間に寝る習慣なので、そこに父が寝ている以上どうすることもできない。折之助はあせった、いちどは肚をきめて、父に頼んでみようかと思った。けれども、父がふところから印伝革の財布を出し、ぱたぱたと垂らして、渋い顔をしながら手を入れる恰好を想像すると、それだけでもううんざりした。

三十日はおしのと約束の日であった。

まさか風邪ぐらいで、登城をやめるようなことはあるまい。そう思っていたが、又左衛門は朝早く家扶を呼んで、病気の届けを出すようにと命じた。それを聞いて、折之助はもうだめだと思った。

――だが金だけは手に入れなければならない、あの金だけは、どんな事をしても。

午後になって、彼は外へ出た。

「どこへいらっしゃるの」と母が心配そうに訊いた、「父さまも御病気だし、こんな降りそうな天気なのだから、用でないのなら家にいて下さいな」

「風邪ぐらいで病気だなんて大袈裟ですよ」

「そういうけれど高い熱が少しもひかないし、今朝っから胸が痛いなんて云ってらっしゃるし、普通の風邪ではないかもしれませんよ」

折之助は気にかけもしなかった。伊丹と約束があるからと云い、注意された雨具も持たずに家を出た。