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ゆきとどろ

雪と泥

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋、1954(昭和29)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,993 字 · 40 页

青空文庫

「たぶん、よくある話だと思うだろう、どう云ったらいいかわからないが」折之助は口ごもり、手の甲で額を撫でた、「初めて見たとたんなんだ、まだ口もきかないうちに、ひと眼、顔を見たとたんに、ああと思った、まぎれもないこの人だ、――何十年も別れていたあとでようやく逢えた、やっとめぐり逢うことができた、この人だ、――いってみればそんなような気持だった」

「何十年も別れていたって」

「その娘も同じように云っていた、二度めのときだったが、いままで嫁にゆかないでいてよかった、ずいぶん縁談があったけれども、自分にはもっとほかに人がいるような気がして、どうしても承知することができなかった、それが貴方を見たときに、すぐに、――」折之助は眼を伏せながら声をひそめた、「こう云って、娘はながいこと泣いた」

主馬は折之助を見た。

「その娘の家は商人だって」

「小伝馬町の美濃庄といって、太物問屋では指折りの商人らしい、娘がちょっと立ったとき、お勝という下女がそう云っていた」

「もちろん慥かめやしないだろうな」

「その店をか、どうして」と折之助は友の顔を見た、「ああ、まだ伊丹には信じられないんだな」