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ゆきのうえのあしあと
雪の上の足跡
堀 辰雄
「新潮」1946(昭和21)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,685 字 · 12 页
主、ふりかえりてペテロに目をとめ給う。ここにペテロ、主の「今日にわとり鳴く前に、なんじ三度われを否まん」と言い給いし御言を憶いだし、外に出でて甚く泣けり。」――鶏が鳴くと、遠くからイエスが焚火にあたっているペテロの方をふりむいて見る、するとペテロは急にイエスに言われた言葉を思い出し、はっと我に返って、庭の外へ出ていって、暗がりのなかではげしく泣き出すのだね。チェホフの短篇の話をきいて、ここのところを読むと、なんだかこう一層、そのときのペテロの慟哭が身ぢかに感ぜられて来るようだな。
学生 僕はこの短篇を読んだときにも思ったのですけれど、このペテロの話にしろ、いつかお書きになっていたエマオの旅びとの話にしろ、そんな縁遠いような物語がおもいがけず僕らの身ぢかに迫って来て、妙に感動させられることがあるのですが、それに反して日本の古い物語はいかに美しく、なつかしいと思っても、それだけの強い力がないような気がするのです。何か fatal なものの前にわれわれを無気力にさせてしまいます。そのチェホフの短篇は、まず、森のなかのもの寂しい自然の描写ではじまっています。