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ゆきのよる

雪の夜

織田 作之助

「文芸」1941(昭和16)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,221 字 · 23 页

青空文庫

家には一銭の現金もない筈だ。いろんな払いも滞っている。だから、珈琲どころではないのだ。おまけに、それだけではない。顔を見ているだけでも辛い松本と、どうして一緒に行けようか。

渋っているのを見て、

「ねえ、お行きやすな」

雪の降る道端で永い立話をされていては、かなわないと、口をそろえて女たちもすすめた。

「はあ、そんなら」

と、もう断り切れず、ちょっと待って下さい、いま店を畳みますからと、こそこそと見台を畳んで、小脇にかかえ、

「お待ッ遠さん」

そして、

「珈琲ならどこがよろしおまっしゃろ。別府じゃろくな店もおまへんが、まあ『ブラジル』やったら、ちょっとはましでっしゃろか」

土地の女の顔を見て、通らしく言った。そんな自分が哀れだった。

キャラメルの広告塔の出ている海の方へ、流川通を下って行った。道を折れ、薄暗い電燈のともっている市営浴場の前を通る時、松本はふと言った。

「こんなところにいるとは知らなんだな」

東京へ行った由噂にきいてはいたが、まさか別府で落ちぶれているとは知らなんだ――と、そんな言葉のうらを坂田は湯気のにおいと一緒に胸に落した。そのあたり雪明りもなく、なぜか道は暗かった。