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ゆきのよる

雪の夜

織田 作之助

「文芸」1941(昭和16)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,221 字 · 23 页

青空文庫

睨みつけたまま通りすぎようとしたらしいが、思い直したのか、寄って来て、

「久し振りやないか」

硬ばった声だった。

「まあ、知ったはりまんのん?」

同じ傘の中の女は土地の者だが、臨機応変の大阪弁も使う。すると、客は、

「そや、昔の友達や」

――と知られて女の手前はばかるようなそんな安サラリーマンではない。この声にはまるみがあった。そんな今の身分かと、咄嗟に見てとって、易者は一層自分を恥じ、鉛のようにさびしく黙っていた。

「おい、坂田君、僕や、松本やがな」

忘れていたんかと、肩を敲かれそうになったのを、易者はびくっと身を退けて、やっと、

「五年振りやな」

小さく言った。

忘れている筈はない。忘れたかったぐらいであると、松本の顔を見上げた。習慣でしぜん客の人相を見る姿勢に似たが、これが自分を苦しめて来た男の顔かと、心は安らかである筈もなかった。眼の玉が濡れたように薄茶色を帯びて、眉毛の生尻が青々と毛深く、いかにも西洋人めいた生々しい逞しさは、五年前と変っていない。眼尻の皺もなにかいやらしかった。ああ瞳は無事だった筈がないと、その頃思わせたのも皆この顔の印象から来ていた。