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ゆきま
雪間
久生 十蘭
「別冊文藝春秋 第五十六号」1957(昭和32)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,817 字 · 24 页
なにを言うひまもない。襟がみを掴んだままズルズルと押して行き、赤針樅の幹にこじりつけると、いまのところ撲りつけることしか考えないといったように、息をきらしながら頭のところをむやみに撲りはじめた。
伊沢は両手で顔をふせぎながら、されるままにぐにゃぐにゃしていたが、いつまでたってもやめない。正体のない暴れかたをするところをみると、酔っているのかもしれない。いい加減にやめさせるほうがいい。
「もういいだろう。それくらいにしておけ」
ふりかえりざま手でおしてやると、そうしようと思ったわけでもなかったのに、相手の胸を強く突いたらしく、見事な尻餅をついてあおのけにひっくりかえった。
「ぬすっとう」
とその男が悲鳴をあげた。
勝手の戸があいて、誰かこっちへ走ってきた。書生らしい骨太の青年が、いきなり伊沢の手をねじりあげておいて、
「こいつ」と背中の真中を強く突いた。
これが今夜一番の痛手だった。舌が縮まって息がつまり、伊沢は思わずそこへしゃがみこんでしまった。
「こんなところへ這いこんで来やがって……おい、あかりをつけてみろ」
尻餅をついた男が息巻くようにいった。笠原の声だった。