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くものこみち

雲の小径

久生 十蘭

「別冊少年新潮」1956(昭和31)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,634 字 · 33 页

青空文庫

東京へ帰るなり、すぐにも妙義町へ出かけて行こうと思ったが、なにかそれを妨げる気分のようなものがあって、勇んで走りだすというふうにならない。

幻視というものは、意識下の固定観念の反射からおこる錯覚の一種にすぎないことを、白川は知っている。柚子に香世子の霊が出たのはわかるが、なんの関心ももっていない桜間のリビドォなどありえないはずなのだから、あの情景のなかに桜間一郎があらわれたのは、なんとしてもあやしい。

「おれも、どうやらバケモノじみてきた」

香世子との霊愛には、他人の知らぬ楽しさがあるが、うかうかと深入りして、みょうな羽目におちこんでしまったことを、後悔しているふうである。このあいだ、香世子の霊が思いのほか、はげしい出かたをした。千葉の海岸で投身自殺をした男は、妻の霊がはげしい出かたをするときは、かならずあの世へ来てくれないかと泣くので、弱るといっていた。

霊の交遊が深まるにつれて、たがいをへだてる無間の距離が鬱陶しくなり、自殺という簡単な方法で、一挙に霊の世界へ飛びこんでやろうというような気も起るのかもしれないが、右から左へ、浮世の執着を断ちきれないのが人生の微妙なところで、こっちへ来いと誘われても、やすやすとついて行けるわけのものではない。