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きりのなか

霧の中

豊島 与志雄

――「正夫の世界」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 19,920 字 · 40 页

青空文庫

酔ってやるぞという肚をすえて、本当のところは軽蔑してかかって、そして飲むんですね……。

そんな忠告をしながら、南さんは煙草をふかし酒を飲んでいたが、ふと、ああ奥さんが待っていらしたんですね、と相手を促して座を立たしてしまった。それから一人きりになって、へんに軽蔑的な嘲笑的な笑いを、何に対してだか、口元に漂わせながら、また一本飲んで、そこを出て行った。大して酔ってもいないような様子だったが、足がふらついていた。ふらつくというよりも、膝頭に力がないらしかった。街路を車道の方におりて、真直に歩いてゆく。その一歩一歩が、へんに弾力性を失っていて、今にも膝ががくりと折れてそこに坐ってしまいそうだった。重病の前や後に人はそういう歩き方をすることがある……。

「でも、病気じゃあなかったんだ。」と正夫は云った。

「それほど酔ってたんでもないよ。」

「力がぬけていたんだろう。」

「だからおかしいのさ。ひどく勉強したとか、夜眠れなかったとか、そんなんなら分るけれど……そして病気でもなかったんだとすると……。」

正夫は黙っていた。

「僕もいろいろ忠告してやったが、よく分らなかったようだ。