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『しゅっけとそのでし』のついおく

青春をいかに生きるか

倉田 百三

倉田百三『青春をいかに生きるか』。同一底本的分册已合并为一书。收入:『出家とその弟子』の追憶、愛の問題(夫婦愛)、学生と教養、学生と生活、学生と先哲、学生と読書、女性の諸問題、人生における離合について、婦人と職業、芸術上の心得。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 94,413 字 · 190 页

青空文庫

しかし現代に生を享けて、しかも学徒としての境遇におかれたインテリゲンチャの青年にあっては、その倫理的要請は倫理学というひとつの合理的なる学に向かうということはきわめて自然なことである。自分の如きもその過程をとった一人であった。

上述の如く倫理学の研究にはまず人生の事象についての、倫理的関心と情熱とが先行しなければならぬ。そしてその具体的研究の第一着手は倫理的な問いから発足しなければならぬ。問いはすべての初めである。しかもまた問いはその解決でさえもあるのだ。ハイデッガーが「問いは何ものかへの問いとして『問われているもの』を持っている」といってるように、問いの中にすでにその事柄の本質が横たわっているのである。問いなくして倫理学の研究に着手することは無意味である。また問いこそその討究を真剣ならしめる推進機である。いかに問うかということ、その問い方の大いさ、深さ、強さ、細かさがやがてその解答のそれらを決定する条件である。故に倫理学の書をまだ一ページもひるがえさぬ先きに、倫理的な問いが研究者の胸裡にわだかまっていなければならぬ。そして実はその倫理的な問いたるや、すでに青年の胸を悩まし、圧しつけ、迷わしめているところの、活ける人生の実践的疑団でなくてはならないのだ。