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ひじょうのあい

非情の愛

豊島 与志雄

「中央公論」1947(昭和22)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,831 字 · 24 页

青空文庫

然し、本当だと、秦は主張した。それならば実験してみようということになった。

皿の上に蛭をつまみ出し、水気を拭き取って、硝子戸越しにさしてくる秋の陽にあてた。昼間は暇な大田梧郎がその仕事に当った。だが、蛭はいつまでも水分を含んでいて、ぽきりと折れるほどにはならなかった。夏の炎天はもうとくに過ぎ去っているし、まさか火にあぶるわけにもゆかず……蛭は捨てられることになってしまった。

その蛭の室で、秦と波多野との碁がまだ一局も終らないうちに、魚住千枝子がやって来た。小児のようなひそかな跫音で階段をのぼってきた彼女は、黒い繻子のコートを袖だたみにしてハンドバックの上に持ちそえ、廊下に膝をついて挨拶をした。大島の着物に縫紋の羽織を重ねたじみな姿に、薄桃色の半襟がくっきりと目立っていた。

波多野はなんだかあわてた様子で、碁盤をはなれて中腰まで立ち上ったが、火鉢にくっついて坐ると、千枝子をそこに招いた。彼女はすり足で席に進んだ。へんに皮膚の薄い頬が緊張して微笑の影さえ示さず、眼はじっと火鉢の中に落されていた。そしてふいに言った。

「後れましたのでしょうか。」

「いや、まだでしょう、何ともいってこないから……。