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おんぱのさつじん

音波の殺人

野村 胡堂

「新青年」1936(昭和11)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,399 字 · 30 页

青空文庫

「先生、藤井薫が縛られて行きました」

「そうか」

何んと言う気の無い声でしょう。

「彼方のお宅へはいらっしゃいませんか、先生」

「行き度くない、――私は研究者だ、あんな事に煩わされ度くない」

「奥さんの告別式にも」

「――――」

二年前に自分を捨てて、男から男へと、放縦な生活を続けて行った若菜、死んだというだけで、踏み付けられた夫の胸から、忿怒も怨恨も消え去って了うものでしょうか。博士は黙って眉を垂れました。

「此処から、あのお宅の窓はよく見えますね」

千種は話頭を転じました。

「困ったことによく見えたよ」

「一寸眺めさして下さい」

「――――」

千種はオペラ・グラスを眼に当てて、窓から熱心に向うを見やります。

「あの晩、十一時頃、此処からお顔を出したら、何んか見えた筈ですね」

「――――」

「此研究室には入口がたった一つですね」

「そうだよ」

「玄関の鍵は」

「婆やが持っている」

「すると、夜外へ出るには、此窓から飛降りるより外に道はありませんね」

「窓は高いよ――、それに私は運動家じゃない」

博士はフト釣られるように斯んな事を言って、我にもあらずカラカラと笑いました。洞ろな、淋しい声です。