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かぜはささやく

風はささやく

小川 未明

「人民戦線」1946(昭和21)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 3,961 字 · 8 页

青空文庫

橋の畔にあった食堂は、もうそこになかった。あのころの娘は、すべてお嫁にいき、母親となって、生まれた子供も、大きくなったであろう。それだけでなく、あのころの男の子は、兵隊にいき、なかには、すでに戦死したものもあるであろう。こう考えると、彼は、歩きながら感慨無量なのでした。記憶に残る床屋があったので入りました。もちろん主人もちがっていれば、内部のようすも変わっていました。それよりも驚いたのは、鏡に映った自分の姿でありました。頭髪は、半分白く、顔には小じわが寄って、当年の若々しさが、まったく消え失せてしまったことです。

ふたたび、路上へ出ると、風が、耳もとで、「みんな流れのごとく去ってしまった。」と、ささやきました。彼は頼りなく、さびしく、独りうなずいたのでした。

丘へ上がると、春のころは、新緑が夢見るように煙った、たくさんの木立は、いつのまにかきられて、わずかしか残っていなかった。足もとには、小さな家屋がたてこんで、物干しの洗濯物が、夏空の下で、風にひるがえり、すこしばかりの空き地で、子供が、鬼ごっこをして遊んでいました。

一人ハーモニカを持った、男の子がいました。